後楽園球場にへら鮒釣り堀があった頃

へら鮒釣りがもっとも盛んだったのは、昭和30年頃から昭和40年代にかけてではないでしょうか。

その頃には、都内のいたるところに釣り堀があり、金魚釣りや、鯉釣りとともに、ヘラブナ釣りを楽しませていました。

先日、少し調べ物をしていたら「後楽園釣りぼり」の広告を見つけたので載せておきます。

後楽園も今は「東京ドームシティ」と呼ばれています。東京ドームやホテル、飲食街、アミューズメント施設などがそろった、複合娯楽施設です

後楽園 釣り掘りの広告

「後楽園釣りぼり」の広告を見つけたのは、昭和31年(1956年)1月21日から2月3日にかけての有楽町・日本劇場の舞台「たよりにしてまッせ」のプログラム。

日本劇場は日劇とも呼ばれ、1981年に閉館されるまで、都内の代表的な劇場でした。

昭和31年の日劇「たよりにしてまッせ」のプログラム。日劇は昭和8年(1933年)に開場。昭和56年(1981年)に再開発により閉館されました
ミヤコ蝶々、南都雄二、高英雄、ペギー葉山など、懐かしい名前が並んでいます
次のページには、笠置シヅ子、島倉千代子、清水秀男、佐々十郎、笑福亭松之助など、これまた懐かしい名前ばかり
木暮実千代主演の「幸福はあの星の下に」の映画の広告の隣の右下に「春の一日を後楽園釣りぼりで」の広告がありました

大人3時間100円の釣り料金

当時の釣り堀の料金は、どの程度であったかがこの広告からわかります。

後楽園の釣り堀、というとたぶんそう安くはなく、他の一般的な釣り堀より少し高めを想像するのだがどうでしょうか。

大人3時間100円で超過1時間毎に40円の料金設定

この広告を見てすぐに気がつくのは、「ヘラ鮒」の文字の横に「真鮒」の文字があることです。

実際に後楽園釣りぼりに行ったことがないので、真鮒とへら鮒が同じ池に入れられていたのか、別々の池に放されていたのかはわかりません。

ただ、放魚300貫とまとめて書かれているので、真鮒とヘラ鮒が混じっている池の可能性が高いと思います。300貫と言えば、1100kgちょっとですから、1トンより少し多い程度。

池の広さにもよりますが、この程度の魚でどのぐらい釣れたのでしょか。また、真鮒とへら鮒ではエサの違いもあります。へら鮒はミミズや赤虫ではなかなか釣れないので、うどんや練りエサのみで釣らせていたと思われます。エサ20円や30円などというのは昔の釣り堀ではよく見られました。

その他の遊園地の釣り堀

この広告を見て思い出してみると、かつては「よみうりランド」や「サマーランド」にもヘラブナ釣り堀がありました。

そんな記憶を確かめてみようと思い、ちょっと検索をかけてみましたが古い話だけになかなか思うようなページが見つかりませんでした。

以前は、へら鮒専門誌でも活躍している中澤 岳さんのプロフィールに「サマーランドへら池」の文字があったのですが、いつのまにかページ自体が無くなってました。

サマーランドのヘラブナ釣り掘りは、たしか大きな四角形の池が2面あり、中央には島があったと思います。